平成28年5月

  • 「桜と生きる」

 春麗ら。多少零こぼれ桜は気に懸るが、今まさに花時。桜おう雲うんが矢吹ヶ原を覆う。桜が美しい季節。今年も桜に関するニュースが全国津々浦々を駆け巡り、この季節を彩る。とりわけ今年の桜狩り(花見)は、多くの桜人(花見客)たちの目と心を、花嵐や花冷えに遭っても、いつにも増して、長い期間楽しませ、日々の暮しに彩りを添え、そして心豊かな日々を過ごさせて頂いた、と感じているのは私ばかりではないだろう。機会があって3月下旬の上野公園の桜狩りを楽しむことが出来、そして桜前線の北上によって古里矢吹の桜を今も楽しめる。桜花の下で多くの人がここかしこ、花衣もあでやかに花を愛でる桜人が、桜の名所に花筵はなむしろを敷きながら桜見物。
 また、桜狩の他にも自宅から職場までの通勤のひととき、車の車窓から眺める景色も、色鮮やかな白やピンクの桜が美しく目に映る。日課にしている犬の夜の散歩がまたいい。朧月夜の月明かりの中の桜は実に美しい。今年の夜桜は花持ちが良かったせいか、花あかりに誘われて散歩を楽しむ時間もいつにも増して、長く楽しむことが出来た。
 それにしても何故、私達日本人はこれほどまでに桜に心惹かれるのだろか。私が思うに、それは桜の花の一生、生き様に由来するのではないかと思う。満開の桜花の優美さと豪華さとは裏腹に、驚くほど短命な桜の花。その散り様は、「花吹雪」と表現される程美しく倖ない。また、桜は中国から渡ってきた梅等と違って日本独自、謂ゆる日本土着の花でもある。日本独自の、そしてその生き様、潔さが特に私たちの心に響くのではないかと思う。思えば、桜と私たち日本人は古より深く関わって来た。
 古人は、田や畑の近くに桜の樹木を植え、桜花が開花すると、田の神様が舞い降りると信じられ、「種まき桜」と称し、種まきの合図にしたり、桜花の満開は豊作の予兆を表していたとされてきた。また、芸術の分野では、山水画や障壁画が数多く描かれ、和歌の世界でも桜にまつわる名歌は枚挙に遑が無い。私たちになじみの深い、そして日本の代表的な童謡「さくらさくら」も然りである。
 「さくら さくら・・・」で始まるこの歌は、そもそも江戸時代の国学者本居宣長の和歌が元歌になると、ある本を読んで知った。その歌とは、「しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ朝日にゝほふ 山ざくら花」である。この「さくらさくら」の歌は、幕末の江戸で、子ども用の筆の手ほどきの曲として作られたもので、昭和16年国民学校の国定教科書に登場し、それ以来、今日まで日本人に愛され続けている歌。なる程と頷く方は多いはずだ。
 「さくら」の歌を紹介したので次は桜につきものの花見の謂れ、歴史も紹介してみたい。これから書くことは、NHK「ラジオ深夜便」「花が好き、自然が好き」という本から抜粋して書かせて頂く。
 花見の起源は、平安時代の初期に遡る。最初の桜のお花見は、西暦812年頃のことで、嵯峨天皇が平安京の神楽苑で催した、「宮中の花見の宴」が記録されているという。また、花見の宴の絵は、西暦1300〜1500年の室町時代のものから見ることが出来、そこにはお酒を飲んだり、歌や踊りを楽しむ様子が描かれているという。
 当時の花見の代表格「吉野の花見」と「醍醐の花見」は余りに有名。時の権力者豊臣秀吉が催した奈良・吉野の花見には徳川家康をはじめ、そうそうたる大名を引き連れ、総勢5千人で大宴会を行い、庶民の度肝を抜いた言われ、また、時を同じくして開催された京都醐醍寺では、まだ幼い愛息秀頼や妻妾、北の政所、淀君らヽ並びに諸大名1千3百名を集め盛大に催されている。その後、江戸時代でも宮中をはじめ、武士や裕福な町民が飲食や歌舞音曲を楽しむ風流なお花見をしていたといわれる。一般庶民が賑やかに花見を楽しむようになるのは江戸時代後期になってからである。今でも花見の名所として親しまれている隅田川の岸辺、品川の御殿山、王子の飛鳥山が花見の名所として有名になったのは、謂れがある。江戸中期、徳川吉宗が鷹狩りをした際、体力の無い家来の姿を憂い、家来はもとより、江戸の庶民にもたくさん歩いて体力を付けてもらおうと江戸城を中心に四方に木を植えてお花見に足を運んでもらおうと花見の場所を作ったという。その場所が前記の名所。花を愛でる楽しみと体力増強。中々おもしろい。このように長く花見を楽しんできた日本人。日本人がこよなく愛する特別な桜。これからも永遠に私たち日本人は花見を続けていくだろう。
 日本の冬の時期は寒くて非常につらい日々が続く。早く春が来て欲しいと誰もが願う。そしてやがて、夜でも「寒い」という感覚が薄れてきて、夜でもフラフラ歩けるようになり、戸外にボーッと立っていられる季節が巡り来る。この感覚が体内で感じられると、縮こんでいた体が解放される。そんな時期に桜が咲き始めるのだから「こんな素晴らしいことはない。」となる。だからこそ桜に対する強い思い入れが日本人誰もが共有できるのでは。また、日本人は桜ばかりか、四季折々の花と自然を大切にし、楽しんできた。暮らしの歳時記にも花は欠かせない。その代表格が春の季節に咲く桜。これだけとっても桜の花見を楽しむ理由がわかるというもの。
 今ペンを置こうとしたら夜半の雨も少し激しさを増し屋根を打つ音がはっきりと聞こえてきた。花の雨によって桜花も散ってしまうのではと心配になってきたが、それもまた良しとしよう。十分にこの季節を楽しませてくれた桜に感謝し、今月の一言とする。

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは矢吹町です。

アンケート

矢吹町ホームページをより良いサイトにするために、皆さまのご意見・ご感想をお聞かせください。
なお、この欄からのご意見・ご感想には返信できませんのでご了承ください。

Q.このページはお役に立ちましたか?
広告掲載について 閉じる
スマートフォン用ページで見る