平成26年9月

夏が来れば思い出す

今年の夏も暑い。連日の猛暑と、そして、また猛威を振るう雨・風の自然のイタズラに辟易しているのは、私ばかりではないのでは。

さらに、以前から気に掛かっていたのだが、何だか蝉の鳴き声が少なく、否、聞こえてこない。そんな気がする。夏と言えば入道雲と蝉の声。うだるような暑さの中で、アブラ蝉の“ジィージィー”と、“ツクツクボウシ”のリズミカルな鳴き声がやけにうるさくて、殊更暑い夏を演出していたが、この頃の夏には、そのうるささがなくなった。何となく私の回りの夏景色が変わってしまったのではと思うのは、取り越し苦労なのだろうか。蝉だけではない。トンボもカブト虫も姿を見ることが少なくなった。庭を悠然と我がもの顔で飛ぶ鬼ヤンマが、田んぼの尾っぽが青や黄のシオカラ・ムギワラトンボが最近、夏模様から消えた。カブト虫も山から消えた。そんな異変を感じながらペンを走らせていると、こんな歌詞が頭に浮んだ。

“夏が来れば思い出す はるかな尾瀬遠い空”。子どもだった頃の遠い矢吹の夏が、思い出として甦る。野山や川を、田んぼや畑を飛び回っていた子どもの頃が。あの頃の本当に楽しかった夏の思い出を思いつくまま書いてみたい。特に、子どもだったら誰もが大好きだった夏。休みの日が一杯あり、自由な時間の中で矢吹の夏を満喫していた。

夏の一日の始まりは、眠い目をこすりながらのラジオ体操で始まる。小学校の校庭が舞台だ。近くの子ども達が大勢集まり、上級生が鉄製の演台に立ち模範演技。ラジオから流れる音に合わせて一緒に体を動かす。体操が終るとスタンプ帳にスタンプが押された。寝坊した回数がスタンプ帳に表れる。結構スタンプ印でマス目が埋まっていた記憶がある。体操が終れば次の行動へ。今も校舎西側に威容を誇る大銀杏の木。その木の根元が次の遊び場だ。木の根元には、多数の穴が空いている。しかし、すぐに目につく穴が目的物ではなく、目を凝らさないと分からないような、小さな穴の中にいるあるモノが目的なのだ。もうお分かりのように、セミの幼虫だ。長い地中生活から目ざめ、地表に出ようとして、最後の準備段階にある蝉の幼虫の棲家の極く小さな穴を見つけることに躍起になった。その頃の子どもの目、観察力は確かだった。確実に蝉の幼虫を探し当てた。見つけた穴に細い小枝を挿し入れ、幼虫の前足に引っ掛け取り出す。しかし、これが終りではない。次がある。取り出した幼虫を自宅に持ち帰り自分の寝床へ。その当時、どこの家にも吊るしてあった蚊帳の中に入れ、蚊帳に止まらせる。幼虫が成虫になる脱皮の瞬間を見る為に。知識としては知っていた。しかし、自分の目で見たかった。夜を待ち、部屋の裸電球を消し、真暗闇の中で、懐中電灯片手にその瞬間を見届ける。ワクワクしながら、その時を待つ。目の当りにした神秘的なその時の流れは、今も記憶の中にはっきりと刻まれている。

カブト虫採りも一日の日課。カブト虫とクワガタ。カブト虫は誰よりも大きいオスを。クワガタは普通のモノではダメ。「カブレ」と称したモノを手にすれば鼻が高かった。そのカブト虫も自宅の裏山で、比較的容易に手に入った。その為にも、誰よりも早くその場に行って手に入れなければならない。朝早く、日中、夕方、そして夜と、幾度となくその場に足を運んだものだ。望むモノを手にしたときの喜びは格別だ。“やった!”だ。しかし、危険も隣り合せだった。カブト虫たちは樹液が好物。ナラやブナの木の、樹皮がゴツゴツした木の樹液を好んで飲むのだが、樹皮が捲れて、樹液が豊富な樹木には、蜂たちも大挙して木に群がる。蜂が恐くて、カブト虫が居ても、中々近づけない。近づけなければカブト虫は手に入らない。幸い、「桶屋」だった我家には硫黄石があった。蜂は硫黄を燃焼させた時の黄色い煙りと匂いを嫌がった。竹竿の先に燃焼させた硫黄をくくり付け、蜂を追い払いカブト虫を手に入れる。いつもはうまくいったが、一度だけ手酷い目に遭った。その日も確実に採れると思ったが、敵もさるもの。逃げずに潜んでいた蜂十数匹が居たのだ。しかも、最も手ごわいスズメ蜂が。木に近づいた瞬間、一斉にうなりを上げて、私を襲ってきたのだ。逃げ切れないと思ったその時、水を湛えた田んぼが私の視界に入った。追いつかれる寸前、田んぼにヘッドスライディング。間一髪だった。蜂が諦め、その場を離れるまで、ジーと息をひそめ田んぼに身を沈め、その時を待った。長かった。生きた心地がしないとはあのことだ。あの時のブーン、ブーンという音は、今でも耳の奥に残っている。

水浴びにも夢中だった。夏の間中、一日も欠かすことなく「うぐいす橋」へ通った。その頃はまだ学校にプールなどなかった。必然的に水浴びと言えば、川か池沼。もっぱら「うぐいす橋」で泳ぐのが日課だった。川は大勢の子どもたちで賑わった。自分で昼食の梅干入りのでっかいおにぎりを握り、泳ぎ疲れる夕方頃までまで川で遊び続ける。以前の「うぐいす橋」の川岸は、小石の洲の良好な休憩する場があり、飛び込みに適した岩場もあった。蛇行した流れは、今の「流れるプール」に似ていて、格好の自然のプールだった。時には蛇と一緒に遊泳し、ガラス箱メガネとヤスで川魚を獲る。そんな川遊びの毎日を繰り返す。楽しく充実していた日が思い出される。

夏の雨の印象も色濃い。この時期特有の台風雨と雷雨。今でもそうだが、子どもの頃も台風や雷は恐かった。特に「雷様(ライサマ)」の印象は強烈で恐かった。雷鳴が轟くと、よく祖母や母に言われたものだ。「早く家に入れ!」、また、暑くて裸でいたものなら「臍(ヘソ)隠さないと雷様に臍取られっちまうぞ!」と。雷が鳴る度に、そう言われるものだから、当時はその言葉を信じ切っていた。“ピカー”と光ったと同時に“ドドドーン”と雷が落ちるやいなや、蚊帳の中のふとんに頭から一目散に潜り込む。雷が鳴り止むまで。子どもの頃の体験や習慣は、今も心と体に浸みこんでいて、大人になった今でも、雷様が鳴る度に童心に帰る自分がいる。

最近、豪雨や雷による被害が多い。情報や対策は私たちの子ども時代に比べれば、格段の進歩だ。しかし、何故ここまで被害が多発し、拡大するのか、私たちは考えなければならない。いつか、必ず自分の身に災難が降り懸かることを。たぶん、多くの人は頭では理解していることだろう。だが、耳にする情報や、身につけている知識が真に心に染み込んでいないことを自覚すべきである。私たちの世代は、幸いにも自然の驚異と恐怖を繰り返し子どもの時から祖父母や親たちに教わってきた。非科学的だと一笑に付されることなのかもしれないが、案外そんな言い伝えに真実はあるのではとつくづく思う。そうした教えを、連綿と次の世代へと引き継いでいく。そんな教訓を強く認識しながら私たちは、大人としての責任を全うする。そうありたい。

今も台風11号の風雨が止まない。立秋を過ぎたこの時期特有の自然現象とはいえ、平穏に災害のない日々を送れることを願っている。明早朝、孫とカブト虫を採りにいく。カブト虫がいることを祈りながら、今月のひと言とする。

矢吹町長 野崎 吉郎

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