平成27年3月

「豊かな季節としきたり」

新しい年を迎えたと思ったら、もう2月を終えようとしている。2月の和風月名「如月」は、寒さが一年中で最も厳しいため、着物をさらに重ねることから「衣更着」と言い、まさしく、今の私の風体がこれに当てはまる。普段より着重ねるものだから、羽織るコートが殊更キツイ。春隣りとはいえ、今年の2月は例年よりも寒さが厳しく感じるのは、年を重ねたせいばかりではないことは、連日報道されているニュースでも明らかだ。しかし、休みの日には、そんな寒さも一興だ。朝早く我家の裏庭を歩いてみると、サクサクと霜柱が踏み固められる音と共に、冷気が一瞬にして全身を覆う緊張感がたまらない。寝起き後のボンヤリとした脳と体が一斉に覚醒し、生気がみなぎる。顔や手足はやけに冷たいが、そんな朝も、また、楽しからずやである。そんないつもの毎日のふとした時間の流れの中で、自然の不思議さを、そして魅力を感じる。寒いから暖かさに憧れる。「春よ来い、早く来い」である。冬から春へ、そして夏が来て秋が、冬が来る。そんな季節のめぐりを楽しむ自分がいて、また、生かされている自分がいる。

ところで、季節といえば、当たり前のように、日本では春・夏・秋・冬の四季を思い浮べるが、しかし、世界を見渡せば、日本ほど四季に恵まれた国はない。季節の変化に乏しい国は非常に多い。例えば、アラスカなどの北極圏、また南極は勿論、赤道直下の国々に、日本と同じような四季、季節の移ろいの豊かさを求めることは望むべくもない。ご存知のように、日本には、春夏秋冬の四季だけではなく、24の気という季節=24節気、72もの候=72候、という季節を表す言葉がある。旧暦をもとに暮らしていた時代には、人は、そうした季節の移ろいを大事にしながら、こまやかに生活を送っていたのである。誰もが。思えば我家もそうであったし、今でもこうした季節感を大事にしている。当り前の様にというのか、風習というのか、年中行事として普段の生活の中に根付いている。そんな暮らしの中の行事の一端を話してみたい。

まずは「雪下りて麦のびる」年始めの正月の行事。どの家庭でも同様に、まずは家族で元旦の挨拶。早速、神棚と氏神様に真新しい「かみのはち」に重ね餅を載せ供え、家族揃って朝食の雑煮を頂く。午前の早々に、地元の八幡神社の鳥居前の狛犬2頭と境内の記念碑に重ね餅を供え、足を伸ばし田んぼの神様を祀る馬頭観音と開田記念碑にも重ね餅を供え、それぞれ家内安全、無病息災、そして豊作を祈願する。恒例でもあり、年始めの欠かせない先祖伝来の儀式だ。7日には、正月行事を終らせる日として、「人日の節句(七草)」の「七草粥」も恒例として無病息災を願い食す。因みに「七草」とは、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」をいう。「せり、なずな、はこべら、すずな、すずしろ」が何の野菜かは辛うじて知っているが、その他が何の野菜か知らないし、区別もつかない。「雉始めて鳴く」頃の小正月15日頃は、かつて子どもの頃の我家でも「団子さし」は欠かさなかった。小さく丸めた団子を花が咲いたように「みず木」の枝に飾ったりしたものだが、いつ頃からか忘れさられ、行われていない。いつかしら、復活したい行事の一つだ。

2月といえば、まずは、「東風(はるかぜ)凍(こおり)を解く」として立春の前は、3日の「豆まき」。我家では、母がこだわって、今でもフライパンで炒った豆をまく。私が父に代わってまくようになって30年は優に経つ。「鬼は外」、「福は内」と、母屋の各居所と離れの各建物、倉庫、はては車庫と、万遍なく大声で豆をまく。我家の愛犬「ハナ」、愛猫「アニキ」と「チビ」、はたまた両隣の犬まで大声を出し、また、せわしげに動くなどして、加勢してくれる。ただ、今年の節分の日は、東京の在京県人会懇談会出席の為、我家を離れていたので、3日は息子が、一日遅れの4日に験直しに、孫二人と豆ならぬ「マシュマロ」をまいて行った。勿論厳粛に。豆に見たてた「マシュマロ」が入ったマスを神棚に供え、「天照皇大神宮さまに捧げます」と三人で唱え、一緒に二礼・二拍手・一礼を忘れずに行った。恵方巻も一日遅れでパクついた。玄関には悪魔除けの鰯も忘れずに刺してあり、感心しながら一人頷く。

弥生3月の行事といえば、彼岸の行事に代表される。先祖様を偲んでのこの行事は欠かせない。中日当日は、家族で菩提寺を、その後お墓に足を運び、西方の極楽浄土の向う岸で暮らす先祖様にぼた餅、彼岸花を供え、線香を手向ける。勿論ぼた餅は家でじっくり味わう。我家の味、格別かな。このぼた餅も、母から妻へと作り手が代わり、形もやけに小さくなった。3月で忘れられない行事といえば、「草木萌え動く」、「上巳の節句」。はて何だろうと思う方もいるが、この名はもともと中国の呼び名。日本では「桃の節句」と言い、女の子の成長を祈る祝い事で、「雛祭り」として親しまれている。この行事は、近年の我家では無縁。私の子どもは男、息子の子ども、つまり孫も男二人。従って、雛人形が我家で飾られたのは、私の姉、妹が幼少の頃といえば、50年以上前の話。その雛人形も、4年前の東日本大震災で倒壊した石倉の下敷きとなって「ゴミ」と化した。お内裏様とお雛様の端正な顔の一部がネズミにかじられていたとはいえ、失くなってしまったといえば、やはり寂しい気がする。娘、孫娘がいないとはいえ、やはり我家の家族の一員に加え、宝物にしておきたい代物でもある。

この後も、春祭り、端午の節句、七夕、お盆、お月見、秋彼岸、秋祭り、えびす講、餅つき等々が待っている。このように春、夏、秋、そして冬と、季節が変わる毎に、その時々に我家の行事は続く。こうした行事も更に書き加えたいが誌面の都合もあるので、続きは後の機会に譲ることにする。

しかし、今何故こんなことを綴るのかと訝しむ方が大半だろうが、あえて私が今言いたいことは、私たちは日本人であるということだ。

日本には美しい自然と、春・夏・秋・冬という世界に誇れる四季があり、子や孫に伝え、残したい日本の美しい心を体現するしきたりがあるということをだ。めまぐるしく様変りする世の中にあって、日本古来の良き風習、しきたり、生活を見つめ直し、守っていっていきたいし、伝えたいし、残したいと思ってペンを取った次第である。

私たちは、今も、そしてこれからも、ずーっと、季節の移ろいを感じ、新しい季節の訪れに気付き、旬のものを頂き、季節の風物詩を楽しみ、そして折々の祭や行事に精を出し、楽しみや喜びを分ち合う。先人たちがそうであったように、自然の流れに身を置き、日々の暮らしを送る。今、この多様、多忙な時代だからこそ、人の身も心も豊かにしてくれるそんな生き方、暮らし方を送っていきたい。

震災からまもなく4年になる。復興も徐々にだが、形になりつつある。先は見えてきた。今はまだゝ厳しい冬だけれど、心はすでに「此処彼処(ここかしこ)に春の兆しが覗くこの頃」に思いを馳せながら今月のひと言とする。

矢吹町長 野崎 吉郎

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