平成24年7月

「“幸せ”を探そう」

 久し振りに本屋へ足を運んだ。目的の本を買い求め、少しばかりの時間の余裕の中で、何気なく別の本を眺めていたところ、一冊の本が目にとまった。

 「新・幸福論」。―青い鳥の去ったあと―。

 “それでも私たちは、幸せを探している。”五木寛之氏の本だ。その本を手にし、頭をよぎったことは、たぶんブータン国王の国民総幸福度=GNH(GrossNationalHappiness)が書かれているのではと予感できた。本をめくると案の定「幸福の国ブータンから」といった書き出しで本の先頭が飾られていた。

 昨年の11月に、ブータン国の若きワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃が国賓として来日されたことは、記憶に新しい。新婚後初めての外国訪問が豊かさのなかの日本。来日を伝えるTVを見て感じたことだが、決して、豊かとは言えない国のご夫妻の顔には“幸せ”が満ち溢れておられた。それは新婚後間もないというだけでなく、幸福度世界一を自負するお国柄を代表するお二人であるからでもあるようだ。

 この本を読み、また、ブータンについて調べて思ったことは、“幸せ”とは何なのか、である。物の豊かさ、お金の有る、無しが“幸せ”の尺度と無意識の内でというか、当たり前といった感覚で捉えている私たちの考え、価値観を見直すに十分な存在であり、お二人の言動は、私たちの“幸せ”への導きのようでもあった。

 本を読み進めるにつれ、五木氏の様々な幸福論に触れながら、私たち自身の“幸せ”についても考えてみた。言えることは、今私たちは総じて“幸せ”なのだろうということ。私たちには、妻が居て、子どもが居て、孫も居る。生活は決して豊かすぎるわけでもなく、また、少なからず不満もあるが仕事はある。はっきりとした“幸せ”の実感があるとまでは言い切れないまでも、漠然とした“幸せ”を感じることが出来る。こう書くと、これを良しとしない人もいることも事実。現実として、巨大地震に見舞われ、家を失い、仕事を失い、困難な生活を強いられ、さらに放射能の恐怖に震える毎日を送っているのに、何が“幸せ”なのかと思う気持ちも分かる。本の中でも言っているが、全ての人たちが“幸せ”というわけにはいかないものだと。

 しかし、“幸せ”は他人から与えられるものではなく、“幸せ”は自分で探し求めるものであるということに、私たちは気付かねばならない。本の中では、“幸せ”の代名詞である青い鳥の話にも言及している。青い鳥を探しにチルチルとミチルの兄妹が旅立つが、とうとう見つけることが出来ない。憔悴しきって家に戻ると、実は自分たちの家にいる鳥が青い鳥であり、やっと探し当てたのも束の間、二人の手元から青い鳥が飛び去ってしまう。このメーテルリンクの青い鳥を改めて読みとおして思うことは、「本物の青い鳥(幸せ)は、決して人間には、私たちには捕まえることが出来ない」ことを示唆している。本を最後まで読み切った。“幸せ”とは何なのか。再び考えてみた。

 明確な答えは出せないまでも、ヒントはこの本の中に凝縮されており、本の中では、「それぞれに自分の幸福を手探りで探すしかない。」と結ばれている。今だからこそ、探し求めたいと思う。幸福を。

矢吹町長 野崎 吉郎

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