平成24年12月

復興~「矢吹に生れ、住んでて良かった」を目指して

 今年もまもなく暮れようとしている。昨年3月の東日本大震災以降もそうであったが、今年もあっという間の一年であった。「復旧・復興」を合言葉に、全町民が自分の足元を見つめ、「絆」、「支え合い」を確かめながら決して速いとは言えないまでも、一歩、そして一歩と歩を確実に進めて来た。

 今年を振り返れば、実に様々なことが思い出される。まずは、町の基幹作物の稲作が無事稔りの秋を迎えられたことは本当に良かった。昨年約900haの作付けが出来なかっただけに、春先には一抹の不安は残ったが、懸命の復旧作業により、羽鳥用水路のパイプラインも4月末には完工。5月の田植作業により、「矢吹ヶ原大地」に青々とした早苗の田園風景が甦ったのだ。その景観を目にした時の感激は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 しかし、課題は余りにも重く私たちの体にのしかかる。放射能の汚染だ。今年度は、町西側の春先の水田の除染に始まり、秋には牧草地の除染を実施した。稔りの秋以降、今もお米の全袋検査の対応に追われている。現在まで、基準値を上回るお米は「皆無」であり、安全性は立証されつつあるが、まだゝ安心とは言い切れない状況にあることも否めない。

 また、町民の健康と命を守る対策も継続中だ。昨年に引き続き、子ども達にガラスバッチでの外部被爆線量の測定、ホールボディカウンターによる内部被爆線量の測定を実施した。健康を害する程の測定値は検出されておらず、ひとまず安心。

 そして、昨年に引き続き「放射線低減クリーンアップ作戦」も実施することが出来た。全行政区の区長さん始め、作業に当った皆さんに心から感謝したい。現在は、町西側の宅地・建物、いわゆる生活空間の面的除染の実施に向けた対応を急いでいる。

 懸案の汚染物質を保管する仮置場の確保も出来、程なく除染が開始出来る目処がついた。仮置場の設置にご理解を頂いた地権者、並びにお骨折り頂いた行政区長さん始め、関係者の皆様に心から感謝申し上げる。

 並行して中心市街地の再生プランの策定も急いでいる。町には大小様々な建物が12,000~3,000棟あった。罹災調査の結果、3,600棟を超える建物が罹災し、損壊したことは既に公表した。建物の修復を断念し、取壊し、又は取壊中の建物の数は610棟に迫る。当初の予想を大幅に超える数だ。実に多くの店舗、住居等が姿を消した。矢吹の歴史を紡いできた奥州街道の中心市街地の町並みは見るに見かねる姿だ。

 多くの更地を眺め、思いを馳せる。皆が思った。“かつての町並み、賑わいを取り戻す!”と。その強い思いが多くの人に宿った。復興に向け、思いの詰った計画案が商工会、中心市街地復興協議会、そして町職員プロジェクトチームから提出された。この後この案を叩き台に、東大生産技術研究所の専門的な知見を頂き、ハード・ソフト両面に亘る、早急の復興に着手したい。手始めに、町再生の柱となる中心市街地の都市計画道路の拡幅、歩道の設置、右左折レーンの確保等の整備計画の説明会を11月に開催した。矢吹町発展の歴史を絶やすことなく、次の世代に継承するためにも何としてもやりぬく覚悟だ。

 今年も残り少なくなった。今年を締めくくるに相応しい印象に残ったある言葉を書き加える。その言葉とは、11月1日に開催された子ども議会で一人の小学6年生が発表した中の一節である。

 “矢吹町には素晴らしい歴史・文化があります。私は、矢吹町に生れて、ここに住んでて本当に良かったと思います。私は矢吹町をもっと良くするためにも頑張ります。”

 私たちが目指している町の姿を、一人の小学生が代弁してくれた。こんなに嬉しいことはなかった。矢吹町の復興への道は、今、緒についたばかり。多くの子ども達の明るい笑顔溢れる「新生やぶき」づくりに、改めて全力を注ぐことを皆んなで確認しながら、今年最後の私のひと言といたします。

矢吹町長 野崎 吉郎

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